今、中小企業や小規模事業者による事業承継は社会問題になっています。中小企業庁が2019年に発表したデータによると、2025年には中小企業・小規模事業者の経営者の64%に当たる約245万人が70歳以上となり、うち約半数が後継者未定だといいます。後継者不足でやむなく廃業M&Aを検討している方は、調べていく中で「事業承継ファンド」というワードに遭遇することがあるかもしれません。事業承継ファンドとは、一体どのようなもので、どのような企業やオーナーに必要なものなのでしょう。
非上場企業をメインに投資・支援する「事業承継ファンド」
事業承継ファンドは、広義では、事業承継問題を抱えている未公開会社への投資を行い、事業承継を行う民間の「プライベートエクイティー投資ファンド(以下、PEファンド)」を意味します。
PEファンドは、機関投資家や金融機関から資金を調達し、この資金で対象会社のオーナーから会社の株式を取得します。そして、PEファンドが有する高度な経営ノウハウと経験、販売や人材のネットワークを駆使して、新たな成長戦略と経営計画を構築してこれを実行。一定期間に企業価値の増大化を図ったうえで、事業会社などに譲渡、また株式市場に上場させて売却します。これにより、一定のキャピタルゲインを得たPEファンドは、機関投資家や金融機関に資金を返済・分配します。
ここでいうPEファンドは、比較的規模の小さい非上場企業をメインに投資する、主に日本国内の民間投資ファンドです。これまでは、中小企業の成長支援や、企業再生支援、また大手企業の事業再編に伴う子会社の売却や一部の事業部門の切り離し(カーブアウト)などの投資に実績を上げてきました。しかし最近では、中小企業経営者の高齢化に伴う事業承継問題を解決するスキームとして、注目されるようになっています。
公的金融機関の投資ファンドが今注目する「事業承継」
「事業承継ファンド」という言葉を狭義で使う場合、公益機関である中小企業基盤整備機構(中小機構)が主導となって組成された投資ファンドのことを指すことがあります。この投資ファンドも、中小機構が事業承継のニーズのある会社に投資するため、事業承継を目的に中小企業に投資する広義の民間のPEファンドと、スキームとしては同じものになります。
中小機構は経済産業省の傘下の独立行政法人です。中小企業の支援を目的に、企業の創業支援から事業再生、人材の育成、販売ルートの開拓、事業承継、また再生支援まで、中小企業の成長段階に応じてさまざまな経営支援サービスを提供しています。
その中の一事業として、オーナー経営者の高齢化に伴う事業承継をスムーズに行うため、中小機構が一定の割合で会社に出資するのが、「(中小機構の)事業承継ファンド」です。中小機構が主導することで、後継者問題を抱える中小企業の継続性を図る「政策的目的」がより明確化された投資活動を行うことが特徴となります。
以上、広義、狭義においても、複数の投資家から集めた資金を一つの基金として投資を行い、得られた利益を出資者に分配する、いわゆる「投資ファンド」が、後継者問題を抱える中小企業に出資し事業承継の推進を図るスキームであることには変わりはありません。
中小機構以外にも、地方自治体や公的金融機関が民間ファンド資金を出し合って組成するファンドはさまざまなものがあります。
どんな場合に投資ファンドは有効?
(1) 身内にも、社内の第三者にも後継者候補がいない
この場合、M&Aで他の事業会社に売却することになるでしょう。その場合の譲渡先としては、同業会社や関連事業会社はもちろん、投資ファンドは有力な選択肢になります。
(2) 身内に後継者候補はいるが、まだ年齢も若く経験も乏しい
身内候補に将来的には事業を受け継いでほしい。それまでにさらなる成長を続け、できるだけ企業価値の向上を図りたい。当面は他の第三者に経営を任せたいが、任せられる人材もいないという悩みにも、投資ファンドによる事業承継は応えることが可能です。
(3) 会社に長く従事した社員で、経営能力も経営意欲もある人材がいる
長く従事した人材が会社を承継すればスムーズな事業承継が見込まれるので、その人材が会社を承継することが有力な選択肢となります。その場合、その人材は会社の株式を買い取る必要があります。ただ、こういったケースではその人材に買い取るための多額の資金がない場合が多くあり、それが会社を承継することを難しくしている要因の一つです。しかし、このような場合にも、投資ファンドによる事業承継が有力な選択肢となり得ます。
(4)現経営陣メンバーがオーナーとなり、引き続き経営に携わりたい意向がある
会社オーナーの身内に後継者がいないが現経営陣メンバーに前向きな意向がある場合、これまで苦労を共にした現経営陣メンバーに持ち株をしてもらい、引き続き会社の運営に注力してもらいたいと考えるでしょう。このような場合も、投資ファンドによる事業承継が有力な選択肢の一つとなるでしょう。
上記の(2)~(4)の場合、投資ファンドが会社を一旦買収して会社の経営に関与し、一定期間後に社内の後継者候補や現経営陣に株式を譲り渡すことで、事業承継が完了します。これは「MBO(マネージメント・バイアウト)」といわれるもので、かつ投資ファンドの資金を活用して行う「ファンド活用型MBO」と呼ばれます。
具体的には、後継者候補や現経営陣の出資の有無や金額、買収資金に関する金融機関からの借入(LBO)の有無や金額など、取得する会社の将来キャッシュフローを慎重に見極めてそのスキームを個別に検討することになります。
事業承継ファンドを活用するメリット、デメリット
身内にも、社内の第三者にも後継候補がいない、またオーナー以外の現経営陣がMBOの意欲もない、つまり上記の(1)の場合、通常のM&Aのスキームとして、外部の第三者において譲渡先を検討することになります。その場合、やはり投資ファンドも譲渡先候補の一つに含まれます。
事業会社に譲渡する場合と比較して、投資ファンドに譲渡する場合にどのような違いがあるのでしょうか。それぞれのメリットやデメリットを確認してみましょう。
A:事業会社へ譲渡する場合
1.事業承継が目的にならない
M&Aの場合、譲渡先としてまず検討するのは、資金力のある中堅以上の競合他社、関連事業会社です。M&Aによる成長戦略をとる目的は、「売上規模の拡大」、「生産能力や販売網の拡大」、「技術・知的財産の獲得」、「人材の獲得」などになります。
いずれにしても会社譲渡後は買手企業側の論理に基づいた企業経営が進められることになります。事業会社への譲渡の場合、事業承継そのものが目的にはなりません。よって、身内の方々やオーナー以外の経営陣が、将来再び経営権を得ることは絶たれるといえるでしょう。それどころか、早々に経営陣の刷新が図られることも見込まれ、場合によってはこれまでに培ったブランドや代々続いた屋号が変更されることもあります
2.ポジティブ・ネガティブイメージは買手次第
買手となる会社が親会社になる、あるいは買手となる会社に吸収されることにより、ネガティブな印象を持たれる場合もあるので、注意が必要です。
比較的規模の小さな企業が買手となった場合は、M&Aに慣れていないこともあり、投資後の経営戦略のまずさから結果的に会社の業績が落ちてしまうケースもあります。一方、大手企業が買手となり、会社の信用力や従業員の満足度が増進するなど、多くの利点もあります。
B: 投資ファンドへ譲渡する場合
1.「ファンド」という言葉に対する根深いネガティブイメージ
日本において投資ファンドは、いわゆる外資系大手の「ハゲタカファンド」が連想され、これまで必ずしも良いイメージが持たれなかった経緯があります。中堅規模の国内投資ファンドにおいても、取得した会社を一定期間経過後には売却し、一定の利益を得て分配する必要があり、中小企業経営者にはどうしてもネガティブな印象を持たれる場合があります。
しかし、金融機関が事業会社に融資する過程においても、一定の融資期間が設けられ、またその融資から利息として利益を得るわけです。その意味では、金融機関の経済活動と何ら変わることはありません。ただ、投資ファンドの場合は、資本金として資金を投資するため、債権は劣後し、担保や連帯保証が付く融資に比して大きなリスクを抱えることになり、そのために取得した会社の経営には深く関与することになります。
2.第二の「会社創成期」を作り出す
投資ファンドの場合、これまで会社が培ってきた経営基盤をベースに、投資ファンドが持つ高度な経営ノウハウと人材・販売ネットワーク、資金力を最大限活用して、幅広い視点での成長戦略が練り上げられます。まさに第二の会社創成期を生み出すことになります。
中小企業の事業承継においては、10年以上の準備期間が必要といわれます。その間、会社のオーナーは、たとえば身内の後継候補にバトンタッチするために、会社の磨き上げをすることが必要でしょう。しかしながら、長く事業に携わってきたオーナー自身が、新たな視点で会社を磨き上げること自体、なかなか現実的ではありません。
いったん投資ファンドに経営を任せ、従来の会社の強みを活かしながら、新しい視点、アイデア、高度で徹底した経営管理手法で会社を磨き上げる−−。そうすることで、会社は成長し、強くなり、企業価値が上がることがあるのです。それが、投資ファンドによる事業承継の利点といえるでしょう。